街の活性化に関する企画・プロデュース業務 株式会社ELC JAPAN
代表ブログ
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2020/04/30

ELCブログ―生き方改革―(20)聞く力とまちづくり推進力

反対者に耳を傾ける

 まちづくりにおいては、地権者の方の意見をよく聞くということは何よりも大切です。ともすると事業を急ぐあまり、推進することに意識が行きがちですが、事業を急げば急ぐほど、できるだけ多くの人たちの意向を把握しなければなりません。あの人は自分勝手な人だ、他人と協調できない人だ、地域でも嫌われている人だ、と言いたくなるような人もいますが、まちの再開発というのはそういう人たちとも接点を見出していかなければ成り立ちません。

とりわけ反対者に対しては、充分に耳を傾ける必要があります。なぜ反対しているのか、その本音を探らないと先に進めませんから、会って聞かなければなりません。

ある時、ある再開発地区の反対者への対応を依頼されたことがあります。


 会ってみると、事業推進メンバーへの強烈な反発があることがわかりました。とりわけ事業推進の中心人物である、一人の町会役員(準備組合の理事でもある)への反発が特に大きく、この状態ではもうこれ以上先に進むのは危険だなという印象です。

 「一度、町会の再開発説明会に出ただけで、賛成者に組み込まれていることがわかった時点から、彼らのやり方に不信を持ちました」「仲のよい人間ばかり集まって、会合のあといつも酒を飲んでいるという話だが、神社のお祭りの集まりとは違うのだ。コミュニケーションも大事だが、事業は利害に絡む話。もっと真剣にやらなければいけないと思う」「町会と事業とは根本的に違う。町会は単なる親睦でいいが、再開発事業というのは計画やその発言に責任が伴う。にもかかわらず、私を安心させるような話は一切してこない。私だってむやみに反対しているわけではない。私を納得させるだけの説明がないだけ。なのに、私のことを事業に参加しないわがままな男だというぐらいにしか思っていない」

 もちろん、こういう意見はすべて正しいとは限りませんが、少なくともその人は初期のスタート時点でそういう判断をしたということは理解しなければなりません。そういう本音を語ってくれるだけでも、脈は充分にある。たっぷり2時間ほど相槌を打ち、たまに合いの手を入れて帰ってきました。1週間ほどして再度訪問しましたが、ほとんど前回と同じような不満や不信が出てくる。このときも、聞くことは聞いたが、少しだけ反応しました。しかし、基本的にその人の言っていることは理不尽ではない。彼の立場に立てば、ごくごく正論。ただ、推進派は推進という立場で相手を見るから、わがままなやつだという判断をする。他方、反対者は、自分のプライドや面子にこだわるから、相手を受け入れられない。要するに会話が成り立たないだけ。こういうときに大事なのは、反対意見であっても、それを受け入れて聞いてあげるということです。


 何回か会っているうちに私とは次第に打ち解け、相手の準備組合の理事への反発も会話の中では少しは薄らいできた。そこで、「あの理事も、直接会ってお詫びかたがたいろいろ説明したい、と言っていますから一度会ったらどうでしょう」と打診しました。結果、私が間に入って3人で一杯やろうというところまで、こぎつけました。もちろんそれまでの会話の内容は、逐一その理事には伝えてきました。

そこで、その理事に事前に十分説明し、「とにかく相手の言うことをまず受け入れてあげてください。自己主張は今回はしないで、自分の言いたいことは次回にして、今回は相手を受け入れることに徹しましょう」と何度も確認をして、当日を迎えました。


積極的に聞くことの難しさ

しかし、結果は失敗でした。準備組合の理事は、最初のうちは相手の言うことをよく聞いていました。ところが、反対者の方が自分の過去の人生の苦しみとでもいうべき事を語ったときから、状況は変わってしまいました。反対者の方は、自分の過去の人生で辛い思いをしたことを語りました。そのとき初めて知ったのですが、奥さんがフィリッピン人であること、最初のうち親戚は全く受け容れてくれなかったこと、そのことで息子や娘が学校で随分いじめられたこと等、を語ったのです。彼は、本音を語ったのです。私は「これはチャンス!」と思いました。なぜなら準備組合の理事も息子の登校拒否で随分苦しんだと他の人からの情報で知っていたからです。ともに苦しみを共有し共感できれば、関係改善に最高のきっかけになること間違いがないからです。

ところが、推進派の理事は、さらっと話題を変えてしまいました。「ああ、そうでしたか。そんなことがあったのですか」と上辺の反応をし、自分の息子のことに話題が波及するのを避けるかのように、「自分がお世話していたボーイスカウトの家庭でも、そういうことを聞いたことがありますね」というだけで、後は自分が係わっていたボーイスカウトの別の話に話題を持っていってしまいました。ああ、この人は自分の息子のことには触れたくないのだ、と横で聞いていた私は判ったのです。そこから先は、ほとんど上辺の会話になってしまいました。もう反対者の意見はほとんど受け容れていないことは見え見えでした。

相手を理解しようとすると話題がそちらに行ってしまうからと、逃げようとする姿勢がつい出てしまうのでした。自分の家庭の弱点に触れられたくないので、受け容れようとするより、自分の心をガードすることに意識が行ってしまっているのです。


自分の心の中のこだわりが聞く力を弱める

自分の心に何かこだわりがあると、どうも他人の話を積極的に聞くということが難しいようです。とりわけ、プライドが高く、自分の体面にこだわる人には、その傾向があります。結局、次の日に「理事の方は、どうでしたか」と聞きに言ったところ。「彼は変わっていない。相変わらず調子がいいし、建前ばかり言っている」「あれじゃ、みんなはついていけないんじゃないの」、の一言でした。

その後も、何回か通い、反対者をつなぎとめて、2~3度3人でのコミュニケーションの席を作りましたが、もうそれ以上の効果はありませんでした。理事は自分のこだわりが捨てきれず、上辺の会話しかしませんから、一緒に再開発をやろうよという雰囲気にはとうとうなりませんでした。

その地区の再開発は、いまだにそういう状態のまま一進一退を繰り返し、全く進んでいません。最初のボタンの掛け違いがずーと尾を引いていることは間違いありませんが、じつは、その地区のほかの理事たちも、反対者対策はコンサル任せで、自分たちの問題とは考えない、他人任せの人たちばかりだから、状況が変わらないのです。

自分たちのまちづくりだという感覚が乏しいから、消極的な人たちの意見を真剣に聞こうともしないのです。真剣に聞けばもっと具体化するはずなのに、というのが私の率直な感想です。

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