不況でパートに出た主婦
以前、ある地域のまちづくりでリーダーをされていたサラリーマンの男性が、不況で会社の景気が悪くなり、給料がかなり減ってしまったということがありました。彼はリストラこそされませんでしたが、リストラされないだけまだましというほどに、給料が下がってしまったのです。三人の子持ちで、一番上の子が高校受験を控え、これからいろいろお金が必要です。いろいろ夫婦で話し合った結果、その奥様はパートに出ることにしました。しかし、もう40歳を越え、特別の技術を持っているわけでもないので、すぐに働きに出てお金を稼げると言ったら、清掃会社に入って掃除をする仕事しかありませんでした。幸い彼女は、掃除をすることが苦ではありませんでしたので、早速その仕事につきました。
磨きこみの成果
初日に、研修を受けた後すぐに、あるお宅に派遣されました。その派遣先は、80歳のご婦人が独りで住んでいるお宅で、特に重点的に水回りをきれいにしました。お風呂、トイレ、台所と。特に台所は、自分でも気持ちいいくらいにピカピカに磨きこみました。あまりにきれいになったので、自分でも惚れ惚れして、一輪差しにバラの花を活けて、台所の一角に置きました。そして時間になったので帰ろうとしたときに、そのご婦人から呼びとめられたのです。「ちょっと待って。これ持っていって」と封筒を渡されたのです。中を見るとお金が入っていました。彼女は「私は、会社からお手当てをいただいていますから、こんなことされなくてもいいんです」と言ったのですが、どうしても持っていってほしいといって聞きません。「今まで何人も掃除に来てくれたけど、こんなにピカピカに磨いてくれたのは、あなたがはじめて」。だからどうしても受けとってほしいと言うわけです。あまりに真剣にすすめられるので、彼女は受けとって帰りました。しかし、自分のポケットに入れたりせずに、ちゃんと会社に差し出したのです。
行く先々で、彼女は一所懸命ピカピカに磨きこみました。磨きこむと自分でも気持ちがいいし、相手の方も喜んでくれる、それが嬉しくてまた掃除に熱が入る、そういう具合に仕事は順調にいきました。そうすると、いろいろなところで、お土産をいただいたり、お金をいただいたりしました。もちろんすべて会社に差し出しました。ところがそのようにして、1ヶ月ほど経ったころ、それまで勤めていた古いパートの女性たちから、猛烈な反発が来ました。「私たちは、そんなに一所懸命やるほどお金をもらっているわけではないんだから。あんたみたいに一所懸命やられていい迷惑しているよ。自分一人だけいい格好するんじゃないわよ」と。いわゆるいじめ、いびりです。しかし、彼女は毅然として言いました。「私は、みなさんに嫌がらせをしようとしてやっている訳ではないんです。ただ掃除をするのが好きで一所懸命やっているだけなんです。自分でも気持ちがいいし、相手の方も喜んでくださる。ただそれだけなんです。やってみたらわかります。
喜びの仲間で起業
そういう話を聞いても、相変わらず反発してロッカールームで彼女に嫌がらせをしたり、口をきかずに無視する人も多かったのですが、彼女はその嫌がらせや冷やかな無視に耐え、黙々と自分の仕事をやりつづけました。ところがそうしているうちに、彼女のその姿勢に触発されて彼女と同じようにピカピカに磨きこむ人が何人か出てきたのです。「たしかにあなたの言うとおりだわ。徹底的にやってみたら自分でも気持ちがいいし、みんなも喜んでくれる」と。彼女の味方が一人増え、二人増え、半年経ったころには、志を同じくする仲間が20人ぐらいに増えていました。みんなの顔つきも輝いて来ました。意地悪をする人たちも、だんだん少数派になっていき、居づらくなった人は自分から辞めていきました。
やがて、さらにそれから数ヶ月経ったころ、20人の仲間から声が上がりました。「ねー、私たちで会社を作らない? 私たちで会社を作ったらもっといいサービスができるし、もっとたくさん仕事が出来ると思うから。あなた社長になってよ」
それからしばらくして、彼女はハウスクリーニング会社の社長になったのでした。
起業家精神
ただ、与えられた場所で最大限に自己発揮する、最高の自己を差し出す。そうすると周りに対して間違いなく、影響を与えていきます。一つの事業の歯車が回りはじめます。家庭で、職場で、地域で。それが起業家精神というものではないでしょうか。生き生きとした家庭、発展・繁栄する企業、あるいは活気のある街というのは、誰かに頼りきっている受身の人たちで出来るわけではありません。こういう喜びをもって主体的に行動する人たちが集まって作っていくものだと思います。それも、はじめは一人からでいいのです。他人のことはともかく、自分自身が最初の一人になればいいのです。
家庭や職場や地域で、いま置かれている立場で、最高に自己発揮してみることです。発展・繁栄まちがいなしです。
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