信用金庫の営業
聞くことの大切さは、まちづくりだけでなく、どんな仕事にも通用します。ビジネスにおける営業も同じです。売り込もうとするより、まずはよく聞くことです。
これは、別の東京の下町地域での話ですが、私の知り合いで、ある信用金庫の渉外担当の人がいました。彼は、その信金の全支店の中で、ずっと預金獲得トップを続けていました。「なにか秘訣があるんでしょ」と聞くと「いやー、なにもしていないんですよ。ただこの下町の地域を周っていると、昼間は寂しい老人が多いんですね。息子やお嫁さんは共働きで家にいないし、孫たちも学校や塾で家にいません。だから、昼間は寂しい老人が多くて、私が行くと待ってましたとばかりに話し掛けてくるんですよ。しかも愚痴や不満ばかり。私はただその愚痴や不満を聞いているだけなんです。私にも年取った親がいるものですから、他人事とは思えなくて玄関先で聞いているうちに、つい涙ぐんだりするんです。そうしたら次に行くと、部屋に上げていただいたりして、そこでまた共感してしまうんです。ただ聞いているだけなんですが、そのうちに『解約してあんたのところに預金しよう』と言ってもらえるんです」という話でした。
子供は親の鏡
また、あるとき、まちづくりの現場で、子供を持ったお母さんから次のような質問を受けたことがあります。「うちの子は、私の言うことを聞かないんです。学校から帰ってもすぐに遊びに行ってしまいます。『先に宿題やってから遊びに行きなさい』と言っても、まったく言うことを聞きません。遊びから帰って来ても今度はマンガを見たり、テレビを見たりで、ぜんぜん勉強しないんです。どうしたらいいでしょうか」と。
おそらくこの人ばかりでなく、世の中の多くのお母さんたちは子供が親の言うことを聞かないといって嘆いているのではないでしょうか。この質問を受けたとき、私は次のように答えました。
「よく言われますね。子は親の鏡であると。ということはいま子供が言うことを聞かないというのは、実はあなたの姿でもあるわけです。あなたこそ子供のことに耳を傾けていますか、ご主人のことに耳を傾けていますか。案外聞いているようで聞いていないことも多いのですよ。たとえば、表面的には聞いているようでまったく聞いていない人がいます。首を縦に振っているんだけれども、心では、はじいてしまってまったく受けつけていない人です。いわゆる面従腹背というタイプですね。
これより少しましな人は、自分に都合のいいところだけを聞いている人です。自分に都合のいいことは聞くけれども、都合の悪いことは聞いていない、という人です。こういう人は選択的に聞いているといってもいいかもしれません。
ところが、注意深く聞く人がいます。たとえ自分と意見が違っても、相手のことを理解しようとそれこそ熱心に聞こうと努力する人がいます。こういう人は素晴らしいですね。会話がうまくいくケースです。
でももっと素晴らしい人がいるんです。それは相手の言うことを感動しながら聞く人です。目をきらきら輝かせて聞く人ですね。こういう聞き方ができたら、おそらくどんな人間関係もかなり改善するはずですよ」と、こういう話をしたのです。
子供の話を感動して聞く
1ヶ月ほどして、その女性に会ったところ、次のような報告をしてくれました。
「あの話を聞いたあと、家に帰ってずーっと自分のことを振り返ってみたのです。そしたら言われたとおりでした。私は子供のことに耳を傾けていなかったということに気づきました。例えば、子供が外から帰ってきて私のところに来て『ねー、お母さん、お母さん』と意気込んで何か話そうとするのに、私は横を向いたまま『いま、夕食の用意で忙しいから後にして』と排他的にしていたのです。しかも、ふんふんと首は振っていてもなにも聞いていない自分に気づいたんです。むしろ心の中で『ああうるさいな、もう』と子供との会話を拒否していたのです。
それで私は子供の言うことをよく聞こうと心に決めました。その日から、子供が私に話しかけてきたときには、正面を向いて子供の目の高さにしゃがんで、子供の両手を握って眼を見て、感動をもって聞くようにしました。『ああ、そう!学校でそういうことがあったの!すごいわね!』毎日毎日そういうふうにして感動して聞くように心がけました。そういうことを2週間くらい続けたでしょうか。そしたら子供が変わってきたのです。いい子になっちゃたんです。学校から帰ってきて自分から勉強するようになりました。私がなにも言わなくても自分からすすんでやるんです。それから、すごく素直になりました。今までは『外から帰ったら手を洗おうね』と言っても全く聞く耳を持たなかったのですが、最近は『はい!』って素直なんです。この子を悪い子にしていたのは私だったんですね」
聞き方に段階あり
こうしてみると、聞き方に応じて回りは展開していくようです。前回(20回)の再開発準備組合理事のケース、これはさしずめ首は縦に振っていても、心でははじいてしまっている面従腹背、あるいは都合の悪いことは聞かないで、選択的に聞いているという事例でしょう。これでは、状況の改善は見込めません。信金の営業マンの例は、熱心に聞いているという段階です。その熱心さが成果につながりました。そして、最後の親子のケースはまさに感動して聞くとどういう効果がでるか、という素晴らしい事例です。
もしビジネスにおいてもっと発展したいと思うなら、あるいは家庭でもっと良い人間関係を築きたいと思うなら、まず相手の言うことを感動もって聞くという努力をしてみることです。特に、この人とは何としても関係改善をしなければならないというような人がいるなら、その人に対してそういう努力をしてみることです。しばらく努力を続けると、自分の周りで必ず何かが変化します。そして、結果的に自分も変わっていきます。
じつは、このような『聞き方に段階あり』という話が、10ほど年前からロングセラーになっている『7つの習慣』(キング・ベアー出版)という本に出てまいります。
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