以前、私が仲良くさせていただいていた先輩で健さんという人がいました。健さんはもっぱら大手の不動産会社の企画案件を扱っていましたが、あるとき次のような、うそのような本当のことを体験したと語ってくれました。
財界の長老方が一肌脱ぐ!
昭和59年夏、我が国の財界トップの方々がよく出入りされていた都心のお座敷天ぷら「N」のお店が古くなり、ビルに建替えることになった。「N」のおかみさんはこの計画を推進するに当たり、日頃よりよくお店を利用していただいている財界人お歴々の中から、次のお三方に協力を依頼した。
事業請負・・・・・・三〇不動産 ED会 長(世界不動産協会会長等歴任)
設計施工・・・・・・鹿〇建設 IS会 長(日本商工会議所会頭等歴任)
融 資・・・・・・三〇銀行 KO相談役(Mデパート社長解任事件で活躍)
かくして「N」のおかみさんのために、財界の長老方が「一肌脱ぐ」プロジェクトがここに誕生した。そして健さんはE会長のもと、「三〇不動産の共同事業システム」の一環として、その企画案の作成をお手伝いすることになった。
あちら立てれば、こちら立たず、こちら立てれば、あちら立たず
早速、三〇不動産の担当課長に呼び出しを受け、この企画の与条件を伺うことになった。会長プロジェクトだけに課長もかなりピリピリしておられた。お邪魔して一通りの前提条件を伺ったあと、課長は大変困った顔をされ、言いにくそうに、「実はおかみさんはこのプロジェクトを家相でやりたいと云われておられますので、やりにくいとは思いますがひとつよろしく」と付け加えられた。
実はこの計画敷地の南西の一角には、二階建て、漆喰仕上げ『蔵』が建っていたのだ。そして、この「N」のおかみさんは家相の先生から「この蔵は、家相上、このお店を繁盛させてきた守り神であるから、くれぐれも大切にするように」と云われていた。
そんな訳で、おかみさんは この蔵を残してビルを計画する案を考えておられたが、一方でE会長のイメージはこの蔵を壊して事業的に最良になる案を、考えておられた。そのような状況の中で私は担当課長から、A案『蔵を残したビル案』とB案『蔵を壊してすっきりしたビルに建て替える案』の二つの企画案作成を依頼された。そして、課長は「作成していただくA、B二案については、B案の方が事業的には最良でありお勧めであることを、うちのE会長から、おかみさんへ説得してもらうことになるでしょう。」と付け加えられた。
しかし、健さんがおかみさんの立場になって考えた場合、いくら事業的に良い案であっても、商売繁盛の守り神であり、心の支えでもあった『蔵』を壊すB案については、なかなか決断しかねるのではないかと心配になった。
黒子としての健さんは、この二案を、ただ依頼された通りに作る訳にもいかず、はたと困ってしまった。おかみさんのこだわりは事業になりにくい、しかし一方で課長ご指示のB案はおかみさんの『蔵』への思い入れを壊してしまう。ましてや、相容れないままE会長に説得役を演じていただくようなことは絶対にしたくない。何とかして、この矛盾を一つに融合させる智慧はないものか。おかみさんから「さすが、E会長」と云って頂けるような“取って置きのシナリオ”はないものか・・・・・・。
ひらめきの、第三の道
早速、事務所に戻り企画作業に取りかかった。まずは、おかみさんの希望されているA案、つまり現状の『蔵を残したビル案』の検討に入った。この案はE会長が心配されているように建物の床面積が充分に取れず、事業的には魅力のない案になることがすぐに確認された。また、残す蔵(二階建)が西側にあり、新築建物(八階建)が東側にあることから、西低東高の建物になり家相上も良くないことが解った。
次に、B案『蔵を取り壊してすっきりしたビルに建て替える案』の検討に入ったが、この案は建物全体の形が西高東低、北高南低になり、家相上も事業場も大変良いことが解った。しかし、純粋のビルとしてデザインしてしまうと、おかみさんの『蔵』への思いを断ち切ってしまう。
さてどうしたものか。ここは思案のしどころと、いろいろ知恵を絞ってはみたが、なかなか良い解決策が浮かばない。とうとう悶々としたまま夜明けになってしまった。
ところが朝7時、まどろみの中でうとうとしていると、はっとひらめくものがあった。寝ている間中も意識は考え続けていたのだろうか。目が覚めると同時に、頭の中に決定的な名案が閃いた。「そうだ!!そんなに良い蔵だったら、その蔵は取り壊さずに建て直して、もっと大きくして、おかみさんの思いをさらに膨らませれば良い。『それこそ、蔵の中でビル事業をやるのだ』。第3の案は『蔵を大きくする案』にしよう!」こうして難題は一気に解決した。寝不足ながら案を仕上げて、A案は『蔵を残す案』、B案は『蔵を大きくする案』として、担当課長にお届けした。
早速、A案の『蔵を残す案』とB案の『蔵を大きくする案』を課長からE会長に説明していただいた所、会長も「そうだ君、蔵を取り払っちゃいかん、蔵は大きくしなきゃいかん」と膝を叩いて喜ばれたそうである。そして、早速、E会長からこの提案をおかみさんに説明していただいたところ、おかみさんには大変気に入っていただき、充分に納得していただいたとのこと。家相のT先生からも大筋では何とか合格点をいただき、結果的にE会長には、説得役を演じていただかなくて済んだ。黒子としての私はほっとしたのであった。何と言っても、事業決断は説得ではなく、本人の納得が一番大切なのだから。
入居者出世保証付きビルのお墨付きを頂戴する
家相については企画段階、設計段階を通じて、おかみさんから紹介していただいた算命学荘学院『宗家のT先生』にご指導頂いた。現代社会では、家相と言うと、とかく迷信と思われたり、胡散臭く思われがちだが、家相は、そもそも昔の建築基準法とも言うべき物で、非常に理に適っている部分が多い。特に本プロジェクトではおかみさんに充分納得していただくため、T先生にはとことん見ていただいた。最後には「これで完璧です。このビルの家相は相場より二割高くしても良いですよ。何故なら、家相を完璧に取り入れていただいたビルは入居者が出世保証付きとなりますから。」と先生にお墨付きまで頂戴した。
迷信と思われていた家相が、事業上の付加価値を一層高める役割を担ってくれたことは大いなる驚きであった。
入居者が、その後、大蔵大臣、総理大臣になった
家相の先生から入居者出世保証付きのお墨付きを頂戴したものの、結果は数年しないと判らない。おかみさんと私はそれが証明される日を心待ちにしていた。それからしばらくして、この「N」が竣工して2年位経ったころ、四階に若手代議士の先生が入居されることとなった。おかみさんと私は、「先生は若手のホープでいらっしゃるし、このビルに入っていただいたからには、必ず出世するわね。楽しみね!」と期待に胸を膨らませていた。
やがて数年後、なんと、それが現実の話となってしまったのである。「蔵を大きくしましょう」という企画で建てられたビルに入居された入居者の一人が、なんと「大蔵大臣」になられたのである。そして、先生の実力はこの「出世保証付きビル」の勢いもあってか、その後「総理大臣」にまで上り詰められたのである。しかも、二期にわたってである。何を隠そう、この入居者の方こそ!
「先の総理大臣、橋○龍太郎先生、その方である」。
健さんの体験したこの出世話、これは、たまたまの偶然でしょうか、それとも出世と建築の家相とは何らかの因果関係があるのでしょうか。
家相というものは、たしかにあるように思います。空間と精神性とが、なんらかの因果関係があるらしいということは、私も大学在校中からもうすうす感じていました。
かたちと心
下町の、ある仏像・仏壇屋さんのお店の宣伝文句に『心はかたちを求め、かたちは心をすすめる』というのがあります。「宗教心は仏像や仏壇というかたちを求め、仏像や仏壇というかたちは宗教心をおしすすめる」というものでしょう。お店の宣伝といってしまえばそれまでですが、しかし、これもなかなか味わい深い言葉です。建築と家相にも通じる話です。
まちづくりの現場を担当していると、このようなことに、はたと気づくことがあります。再開発事業では、事業の段階が進んでくると、既存の建物調査ということをやります。現在の建物の資産価値を評価するために既存の店舗や住宅に入って細かい調査を実施するものですが、そのとき神棚をきちんと祭ってあるお宅、仏壇をきちっと置いてあるお宅というのが必ずあります。そういうお宅は目に見えない世界を大切にしているのか、家庭がとても安定していて、事業に対する判断でも余り無理を押し通すことはないということが、共通項として見えてきます。秩序を大切にする家庭であるということが見えてきます。まちづくりを担当していて、このような事例を体験すると、日本古来の風習や精神性が感じられて、実際のところ、ほっとするものです。健全なまちは、このような目に見えない精神性によってしっかりと支えられているところがあると、つくづく思います。
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